過去のブラジル記事はこちら↓
まだ過去の記事を読んでいない方はそちらから読むのがオススメです
1回目:ブラジリアン柔術の本場ブラジル。そのブラジルに行ったおはなし。
2回目:ブラジリアン柔術の本場ブラジルに行ったおはなし。日本人街リベルダージ。
3回目:ブラジリアン柔術の本場ブラジルに行ったおはなし。【現地で初の食事】
4回目:ブラジリアン柔術の本場ブラジルに行ったおはなし。【住まいの問題】
5回目:ブラジリアン柔術の本場ブラジルに行ったおはなし。【柔術道場の選択、前編】
6回目:ブラジリアン柔術の本場ブラジルに行ったおはなし。【柔術道場の選択、後編】
ブラジルでの道場や住まいも決まり練習に打ち込める日々がスタート。
ちなみに当時の1日のタイムテーブルはこんなかんじ。
9:30頃起床。
11:20道場に向けて出発
12:00昼練習スタート
13:30練習終了
14:00昼食
17:00夕方練習スタート
18:30練習終了。
19:30夕食
24:00就寝
平日はこの様な予定で1日を終える事が多かったです。
朝の始まりはマンゴーから
最初は朝食にスーパーで購入したパンを食べていたものの、途中から飽きてマンゴーをかぶりつくスタイルに変更。
最初は抵抗があった路上で販売しているマンゴーを買って食べるように。
衛生面で問題ないのか心配だったものの特に問題なく、毎食手をべとべとにしながらマンゴーを食べてました。
1つ1レアル(当時の日本円で55円)という破格の値段で毎日マンゴーを食べれていたのは今になって考えるとなんて贅沢だったのか。。
他にもイチゴやバナナも1レアルにて路上でおばちゃん達が販売してました。
昼の柔術練習
住まいから20分程歩いてバルボーザ道場の練習へ。
平日は朝、昼、夕方、夜と数回練習が出来る時間帯がありました。
一番強豪が参加をする昼の時間帯と、その後一休みしてから練習が出来る夕方のクラスをメインに参加。
昼のクラスは毎回20人近い参加で黒帯も10人前後が汗を流す環境。
当時の日本の柔術クラスと比べると圧倒的な黒帯の練習参加率。
ブラジルに行った当初は紫帯になったばかりだったので毎回ボコボコにやられに行くだけの状況が続く毎日。
圧倒的な練習量を誇っていたムリーロ・サンタナ
そんな黒帯メンバーの中でも圧倒的に記憶に残っているのはムリーロ・サンタナ。
現在はNYに拠点を移してミヤオ兄弟と共に激しいトレーニングの日々を送っていますが、当時は毎回バルボーザ道場での昼連に参加。
この昼の練習に滞在していた半年間で姿を見なかった日はないと思う、本当に毎日欠かさず練習をしていた。
練習では誰よりも早く道場に来て延々と1人で打ち込み開始。
クラスが始まると汗だくのまま参加をしてスパーリングも当然1本も休む事なく動き続ける。
スパーリングでは誰も歯が立たず、皆をボコボコにしていた。
クラス終了後はみなが談笑をしたりする横でまた1人で打ち込みを開始してようやく練習を終えていました。
誰よりも早く来て練習をし、誰よりも最後まで練習。そして1日もサボらない。
そりゃ強くなるなとムリーロの練習姿勢は強烈に脳裏に焼き付きました。
昼食を食べて夕方練習
練習後には道場の近くにある定食屋などで食事をすることが多かったですね。
肉、ライス、サラダ、豆スープのブラジル定番の定食を日常的に食べてました。
その後は道場でゴロゴロしてから夕方の練習に参加。
昼間とは雰囲気がガラリと変わって人数が少なくマッタリと練習を楽しむ感じ。
参加メンバーは黒帯はまずいなくて青や紫が中心。
昼間の練習で消耗をすることが多かったので、じっくりとテクニックを中心に教えてもらうこの時間はまた貴重な練習となりました。
帰宅、夕食
帰宅後は毎回自炊で晩ご飯。
日本のスーパーのように総菜品の販売はなかったので、肉を買ってきてパンと一緒に食べることが多かったです。
疲れていたので肉を焼いてタマネギなどの野菜と炒める簡単なもので済ませることが多かった。
水道水はお腹を壊すと聞いていたので毎回ミネラルウォーター。
それでも月に1,2回は欠かさずお腹の調子を崩してましたが。。
その後は県人会に住む日本人仲間と談笑などして就寝。
この様なサイクルで半年間のブラジルでの日々は進んでいきました。
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